2007年ダカールラリー レポートNo.19(最終)
1月21日(日) 最終・第15レグ
ダカール〜ダカール(セネガル)
リエゾン 36km SS15 16km リエゾン 41km
総走行距離 93km
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2007年ダカールラリー、全16日間・約8000kmの激闘が閉幕
「チーム・レプソル三菱ラリーアート」
ペテランセルの自身3度目の総合優勝により、チームの7連覇・通算12勝を達成
また、アルファンが総合2位に入り、2年ぶりの1-2フィニッシュも飾る
増岡は総合5位、ロマは総合13位と『パジェロエボリューション』全4台が完走
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2007年ダカールラリー(正式名称:ユーロミルホー・ダカール2007)は1月21日(日)、セネガルの首都ダカール郊外のラックローズ周辺で総走行距離93km、SS(競技区間)16kmによる最終の第15レグを実施。
「チーム・レプソル三菱ラリーアート」から出場のステファン・ペテランセル(フランス/三菱パジェロエボリューション)が合計タイム45時間53分37秒でフィニッシュし、4輪部門では2年ぶり・3回目、2輪時代を合わせると通算9回目の総合優勝を獲得した。
今大会が25回目の出場であった三菱自動車チームは、自らが持つ大会記録をさらに更新、7年連続・12回目の総合優勝という金字塔を打ち立てた。また、総合2位には7分26秒差で前回大会優勝のリュック・アルファン(フランス/三菱パジェロエボリューション)が続き、三菱自動車チームは2年ぶりの1-2フィニッシュを飾った。総合3位には、1999年&2000年大会優勝のジャン-ルイ・シュレッサー(フランス/シュレッサー・フォード)が入った。
4年ぶり・3回目の勝利を狙って今大会に臨んだ増岡浩(三菱パジェロエボリューション)は、度重なるパンクやトラブルにより上位進出を阻まれたものの、後半戦は三菱自動車チームの勝利を支えるべく、チームメイトをサポートし続けながら走行。
総合6位でダカール入りしたが、総合4位につけていたネッサー・アルアティヤ(カタール/BMW X3)が前日のSS14の速度規制区間での速度超過による1時間30分のペナルティ加算をこの最終レグを前に受けたことにより、土壇場でポジションを上げて総合5位でフィニッシュ。
3年ぶりとなる完走を果たし、彼にとって記念すべき20回目のダカールラリーを無事に終えた。また、第7レグで転倒し大幅な後退を余儀なくされたホア
ン・ナニ・ロマ(スペイン/三菱パジェロエボリューション)も、その後は堅調に走り切って総合13位でゴール。新型『パジェロエボリューション』全4台が、総走行距離7915km、SS合計4309km、全16日間にわたって行われた激戦を戦い抜いた。
大会16日目・最終日の午前7時15分、2輪部門の最下位のライダーを先頭に、約8000kmの戦いを生き残ってきた競技車両が30秒間隔で次々にダカールの最終ビバークを出発。
乾季には赤い水をたたえることから命名された「ラックローズ(紅湖)」を周回する93kmの第15レグに臨んだ。
過去にはこの最終ステージでトラブルに見舞われ完走を果たせなかったクルーが存在しており、エントラントにとってはサバイバルを乗り切った喜びの中にも最後まで緊張感を保たねばならない難しさがあった。
三菱自動車チームの『パジェロエボリューション』4台は、ペテランセル、アルファン、増岡、ロマという総合成績の順でランデブー走行を見せた。ダカール海岸の白い砂浜を優雅に駆け抜けていくその光景は、まさにビクトリーラン。「ダカールラリーの王者・三菱自動車」の風格を改めて見せつけると、各車無事にラリーの最終フィニッシュラインを越えていった。
歓喜の表彰式を迎え、チームスタッフ全員と喜びを分かち合ったペテランセルは、顔を真っ赤に紅潮させながら次のように語った。
「最高の気分です。ダカールラリーの総合優勝に代わる喜びはありません。我々の新型『パジェロエボリューション』のドライビングフィールは素晴らしく、走らせる喜びがありました。もっとも、最後の最後で余計な問題を抱えたくはなかったので、昨日はかなり神経質になっていましたし、今日のショートステージでもできるだけゆっくり走りました。
今大会でステージ優勝を獲得することはできませんでしたが、私が2輪時代にチュニジアで行われたラリーで初めての優勝をつかんだときも、トップタイムを出すことは一度もなく勝ったんです。
まして、ダカールラリーのような長丁場の戦いでは、ステージ優勝そのものは最重要項目ではありませんからね。とはいうものの、我々はより進化しなければならないと改めて思いました。
これからの1年を有効に生かして、次回のダカールラリーで再び勝利を目指したいと思います」
ディフェンディングチャンピオンとして今大会に臨み、極めて安定した走りを貫いたアルファンは、連覇することができなかった悔しさと、2度目の総合2位を得た喜びを入り交じらせていた。
「もちろん今回も勝ちたかったです。でも、三菱自動車チームに再び勝利をもたらすことの方が重要でした。
最終ステージは、砂浜で開いたパーティーみたいな感じでしたね。かけがえのない仲間たち、雄大な青い海、そして最高の勝利がそこにありました。
今回のダカールラリーで、我々の素晴らしいチームスピリットを改めて証明できたと思います。勝利にかける固い決意を抱いた最高の人間たちが集まった、本当にすごいチームだと思います」
三菱自動車チームから3度目のダカールラリーを迎えたロマは、前日のSS14で木の切り株にヒットした際、ステアリングのキックバックで親指を骨折。
それでも不屈の闘志で砂地での最終レグも走り抜いてみせた。
「今回のダカールラリーは私の番ではなかったということでしょう。この戦いの中でいくつか問題も抱えましたが、こうしてチームが勝ち続けていくところを目の当たりにすると、『俺もやってやるぞ』とファイトをかき立てられます。
この先の2007年シーズンを三菱自動車チームで戦っていくことが本当に楽しみですし、次回のダカールラリーこそ私が優勝する番にしてみせたいですね」
「2007年は、負けない」。その誓いを立てて出場20回目のダカールラリーに臨んだ増岡は、照準を定めていた3度目の勝利こそ次回におあずけという形になった。しかし、3年ぶりとなる完走を果たした2002年&2003年大会の覇者は、さわやかな表情でダカールの空を見上げながら、明るい声で次のように語った。
「やっぱりゴールまでたどり着くのはいい気持ちですね。前半戦でトラブルが重なって優勝争いに残れなかったのは残念ですが、これもまたラリーです。
特に今大会は優勝候補の強豪がひしめいていて、トラブルさえなければみんな優勝戦線に残るだけの実力を持っていたと思います。
ギリギリのところで戦っているからこそ、ミスやトラブルも起こり得るわけです。そこで惜しいと思うのは、みんな同じです。
それにしても、新型『パジェロエボリューション』で戦った今大会は、本当にいいフィーリングで走り続けることができました。そして我々は今回もまた、このダカールラリーでは経験が何にも勝るものであることを証明することになりました。
このチームが持つ経験と僕自身の経験を総動員して、次回のダカールラリーでは僕にとって度目の勝利をつかみ取りたいと思います」
誰にも負けたくない、という、競技者であれば当然の気持ちを押さえ込みながらチームプレーに徹し続けた後半戦での戦いぶり。
そして、状況が許しさえすればいつでもステージ優勝を奪いにいけることを示し続けたスピード。己の戦いにおいては「負けない」という公約を果たした増岡は、21年目となる次回のダカールラリーを力強く見据えていた。
歓喜に沸くチームの輪の中で、三菱自動車チームのドミニク・セリエス監督は、沈着冷静な判断を失うことのない闘将ならではの感想を語った。
「我々三菱自動車チームがダカールラリー7連覇という大仕事をやってのけたことを心から誇りに思います。確かに今大会でのVWチームはこれまでで一番の強さを発揮してきましたし、これに対抗するために我々も従来とは若干異なる戦略を採ることになりました。
しかし、今回が我々にとって過去最高に困難なダカールラリーであったとは思えません。
かつて、シトロエンと死闘を演じ続けた数年間の方がよっぽど大変でした。
そうした経験があるからこそ、今回のような激戦も我々は冷静に戦い抜くことができたのです。
我々は、アンリ・マーニュを昨年の夏に失いました。しかし、遺された我々の人生も、そしてラリーも続きます。今回のダカールラリーを我々は彼と一緒に戦い続けました。そして勝ち得たこの勝利を、優れたコ・ドライバーであり、喜びも困難もともにしたかけがえのない仲間、アンリに捧げたいと思います」
アンリ・マーニュ選手は、1985年より三菱自動車チームに加わり、長年エースとして活躍した篠塚建次郎選手とコンビを組み続けた名コ・ドライバーであり、1997年ダカールラリーで篠塚選手が挙げた日本人初の総合優勝にも大きく貢献。2004年からは、2輪より転向したロマのコ・ドライバーを務めるとともに、その育成に力を注いでいた。
だが、2006年6月に行われたモロッコラリーにおいて不慮の事故に遭い、還らぬ人となった。
三菱自動車チームは、マーニュ選手の遺された家族をダカールへ招待。彼らはチームスタッフとともに表彰式に臨んだ。そして偉大なるコ・ドライバーの力添えなくしてはあり得なかった通算12回目のダカールラリー制覇を祝うとともに、故人の冥福を改めて祈った。
自らが持つ大会記録を更新する7年連続12回目の総合優勝を飾った2007年ダカールラリー。
この一戦を、三菱自動車技術開発本部モータースポーツ部の中山修部長は、次のように総括した。
「今回の勝利を本当にうれしく思います。これは三菱自動車チームのスタッフ全員の力で勝ち取ったものです。最大のライバルであるVWチームが果たしてきた進化も見事なもので、我々は非常に厳しい戦いを強いられたことも事実です。今回得た貴重なデータをもとに、今後より優れたマシンの開発に取り組み、三菱自動車チームの連勝記録をさらに伸ばしていきたいと思います。また、厳しくも素晴らしい自然を駆け抜けていくこのクロスカントリーラリー活動を通じて、より一層高い環境性能技術を追求してゆき、三菱自動車のすべての市販車に注ぎ込んでいきたいと思います」
なお、2007年ダカールラリーで完走を果たした競技車両は、4輪部門109台(出走185台)、2輪132台(同247台、4輪クワドバギー含む)、カミオン(トラック)59台(同85台)、合計300台(同517台)。完走率は全体で58%(4輪部門単独でも59%)と、ダカールラリーとしては高い水準の大会となった。
■三菱車プライベーターも栄光のフィニッシュへ
三菱車のプライベーターたちも、ラックローズで栄光のビクトリーランを迎えた。
その最上位となる総合19位でフィニッシュし、三菱車プライベータートロフィーを獲得したのはドミニク・ウズィオ(フランス/パジェロ)。続く総合20位には、後半戦でトップ20内のSSタイムを連発したレオニド・ノビトスキー(ロシア/レーシングトライトンエボリューション)が入った。
「チーム三菱ラリーアート・チャイナ」のリュー・ビン(中国/パジェロ)と「チーム三菱ラリーアート・タイランド」のマナ・ポーンシリチャン(タイ/レーシングト
ライトンエボリューション)も無事に完走を果たした。ビンは、この最終日のショートステージで前日からひとつ順位を下げてしまったものの、大会全般を通じてダカールラリー初出場とは思えぬ安定した走りを披露して総合47位。一方、前回大会に続く出場となったポーンシリチャンは、サバンナでの後半戦ステージで特に印象的な速さを見せ、総合67位で初完走を遂げた。

残念だったのは、今大会で初めて三菱車により出場した池町佳生選手(パジェロ)だ。
第6レグ終了時点で日本人プライベーター首位となる総合28位につけ、モーリタニア砂漠でさらに順位を上げていこうとしていたところで連続してトラブルが発生。
休息日明けの第8レグで無念のリタイアに追い込まれることとなった。
ダカールラリーの頂点を目指し、チャレンジを続けようとしている池町選手の今後の活躍に期待したい。
その他の4輪部門の日本人プライベーター勢は全車ダカールへ到達。中でも、三橋淳選手(トヨタ・ランドクルーザー)は総合25位・市販車無改造カテゴリー優勝という見事な成績を収めた。そのチームメイトである山田周生選手(トヨタ・ランドクルーザー)も総合40位・市販車無改造カテゴリー4位で完走した。
また、1997年大会の覇者・篠塚建次郎選手(日産パスファインダー)も総合59位で5年ぶりの完走を果たしたほか、元F1ドライバーにして冒険家の片山右京選手(トヨタ・ランドクルーザー)も総合68位でフィニッシュした。一方、カミオン(トラック)部門では、三菱自動車と同じく25回目のダカールラリー参戦となった菅原義正選手(日野レンジャー)が総合13位、その次男である菅原照仁選手(日野レンジャー)は総合9位でゴールし、排気量10リットル以下クラスの1-2フィニッシュを飾っている。
■新型『デリカD:5』、ダカールラリーを完全走破
今春発売予定の新型『デリカD:5』。MMSP鳥居勲社長をはじめとするチームスタッフやチーム機材を満載しながら、ポルトガルのリスボンからダカールまで走り通した。
この『デリカD:5』のドライバーとして初めてダカールラリーに参加した田口勝彦(ラリーアート)は、次のように振り返る。
「2007年ダカールラリーがついにゴールしました。チームのみんなと一緒にラックローズへと移動して、約8000kmの戦いを終えたドライバーたちと『パジェロエボリューション』を出迎えました。
今年はVWチームが序盤から予想以上のハイペースで飛ばしてきたに対して、三菱自動車チームはかなりの苦戦を強いられたと思います。
それでも、チームスタッフの誰もが動じることなく、自分の仕事をとにかくきちんとやり遂げることに集中し続けていました。
本当に学ぶべきことが多くて、このチームの一員として働けたことを誇りに思います。
今日は『デリカD:5』の出番はなし。ここまで道中をともにしてきた相棒なので、『デリカD:5』にもラックローズを見せてあげたかったなという思いがあります。思えば、昨年の年末に日本を出て、チームの本拠地があるフランス中部からこの『デリカD:5』で走り始め、リスボンからラリーに加わって、地中海をフェリーで渡り、アフリカ大陸をずっと走り通してきました。相当荒れたダート路や砂地も走りましたし、日本やヨーロッパじゃあ考えられないような荒れ方の舗装路も多かったですけど、ドライビングが楽しくて、トラブルも一切なくて、とんとん拍子でダカールまで来た、という感じです。
これでダカールラリーは終わり、『デリカD:5』ももうすぐ発売されます。そして、ラリードライバーとしての僕のシーズンも始まろうとしています。今回ダカールラリーに参加した経験を役立てて、今までの田口勝彦とは一味違うところをお見せできればと思っています」
【最終・総合成績(暫定)1月21日(日)第15レグ】
1 S・ペテランセル 三菱パジェロエボリューション 45時間53分37秒
2 L・アルファン 三菱パジェロエボリューション 7分26秒
3 J-L・シュレッサー シュレッサー・フォード 1時間33分57秒
4 M・ミラー VW・レーストゥアレグ2 2時間10分16秒
5 増岡 浩 三菱パジェロエボリューション 2時間44分31秒
6 N-S・アルアティヤ BMW X3 3時間31分59秒
7 C・スーザ VW・レーストゥアレグ2 5時間10分54秒
8 R・ゴードン ハマー 7時間04分07秒
9 C・サインツ VW・レーストゥアレグ2 7時間25分45秒
10 S・アンラール VW・BUGGY VW TDI 8時間28分29秒
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11 G・ドゥビリエ VW・レーストゥアレグ2 8時間44分34秒
13 J-N・ロマ 三菱パジェロエボリューション 9時間36分29秒
15 J・クラインシュミット BMW X3 10時間28分45秒
19 D・ウズィオ 三菱パジェロ 12時間06分10秒
20 L・ノビトスキー 三菱レーシングトライトンエボリューション
12時間24分01秒
25 三橋 淳 トヨタ・ランドクルーザー 14時間30分49秒
34 T・ヴァンデイン 三菱L200 17時間59分50秒
40 山田周生 トヨタ・ランドクルーザー 18時間52分28秒
47 リュー・ビン 三菱パジェロ 22時間36分15秒
50 F・ロイックス バギー・FAST&SPEED EVO3 23時間12分11秒
59 篠塚建次郎 日産・パスファインダー 28時間37分59秒
67 M・ポーンシリチャン 三菱レーシングトライトンエボリューション
31時間09分14秒
68 片山右京 トヨタ・ランドクルーザー 33時間00分33秒
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1位のタイムは第1レグからのSS合計所要時間とペナルティーの合計
2位以下のタイムはトップとの差
現地時間21日午後10時(日本時間22日午前7時)時点
■2007年ダカールラリー総合優勝
ステファン・ペテランセル (Stephane Peterhansel)
出身:フランス/生年月日:1965年8月6日
コ・ドライバー:ジャン-ポール・コトレ(フランス)
1980年に2輪レースでモータースポーツを始め、オフロード耐久レースのエンデューロで頭角を現す。
やがてダカールラリーへの挑戦を開始し、1991年大会で初の総合優勝をマーク。以後、1998年大会までの8回の大会で史上最多の6勝を挙げてみせた。
1999年大会から4輪部門へと転向し、2002年夏に三菱自動車チームへ加入。2004年大会では『パジェロエボリューション』を駆って総合優勝を飾り、史上2人目となる2輪・4輪両部門制覇の偉業を成し遂げた。さらに2005年大会も制して2連覇を果たすと、今回の2007年大会ではアリ・バタネン(フィンランド)の4勝に続く歴代2位タイの3勝目を獲得。2輪時代も合わせるとダカールラリー通算9勝となった。
■三菱自動車 ダカールラリー通算12勝の軌跡
1985年 パトリック・ザニロリ(フランス/パジェロ)
1992年 ユベール・オリオール(フランス/パジェロ)
1993年 ブルーノ・サビー(フランス/パジェロ)
1997年 篠塚 建次郎(パジェロ)
1998年 ジャン・ピエール・フォントネ(フランス/パジェロ)
2001年 ユタ・クラインシュミット(ドイツ/パジェロ)
2002年 増岡 浩(パジェロ)
2003年 増岡 浩(パジェロエボリューション)
2004年 ステファン・ペテランセル(フランス/パジェロボリューション)
2005年 ステファン・ペテランセル(フランス/パジェロボリューション)
2006年 リュック・アルファン(フランス/パジェロボリューション)
2007年 ステファン・ペテランセル(フランス/パジェロボリューション)
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